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岩陽学舎

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卒業生メッセージ Message

メッセージ

岩陽学舎ではすぐ側に同郷仲間がいる安心感を持ちながら、個々多様に研鑽を積み切磋琢磨できることに加え、公式行事の企画、サポート等、学生時代から大学やアルバイトとは別に責任ある立場を得て、社会で必要な素養を身に付けることができます。また、卒業後も多くの先輩諸兄との繋がりの中で、人生を豊かにするための基盤を持つことができます。新入生はこれから始まる新しい生活に心躍る気持ちを持つと共に、一人東京で暮らすことに不安を抱かれているかもしれません。私をはじめ多くの舎友の実体験からして、岩陽学舎で得る経験と人脈が自身の成長と将来に活きることは間違いありません。是非学舎に入舎し、東京生活を実り多いものとし、仲間と共にかけがえのない青春時代を過ごしてください。

メッセージ

岩陽学舎の大きな魅力の一つに安価な家賃があります。初めての一人暮らしには、引っ越しをするにも大きな初期費用が必要となりますが、その点岩陽学舎は負担を抑えられ東京での暮らしを始めることができます。岩陽学舎では舎友の先輩方との交流もあり、大学時代に社会人の先輩方の考えに触れられることはとても大きかったと感じています。大学の学びにも影響を受け、広い視野を持ち自らの答えを導き出せるようアドバイスをもらうなど、学びが多い時間でした。卒業して自分が舎友となってからは、就活を迎える4年生にアドバイスをしたり、定期的に舎生や同級生の舎友と集まり情報交換をしています。岩陽学舎で築いた人間関係やコミュニティは卒業した後も大いに役立っています。岩陽学舎での日々は、将来、社会に出て様々な人と接し、多くの経験をする学生の皆さんにとって必ず役に立つ日が来ると思います。

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―なぜ入舎したか

私は、高校時代は岩国高校で体操部に入り、文武両道で真面目なごく普通の高校生でした。まず進学についてはどこの大学に行くか父親と話し、東京の大学に行った方がいいのではないかと言われました。そして必死に勉強を続け、 無事東京大学に合格することができました。進学が決まると同時に、どのように生活をしていけばいいのか、という話になりました。今のように簡単に情報が入る時代でもなく、東京については全くわからず困っていました。そんな中、高校の先生から岩国出身者が入舎できる岩陽学舎があるということを聞いたことが施設を知るきっかけでした。当時の岩陽学舎は食事付きで寮費が月1万4千円ほどで大変安かったため、金銭面での負担も少なくて済む。そして岩国の先輩方にもお世話になれるし、同郷ということですぐに打ち解けられると思いましたし、不安な東京での生活の中で自分や両親に安心を与えてくれると判断し入舎を決めました。

実際に入ってみると、父親と付き合いがある会社の息子さんがいたり、岩国の中での様々な繋がりがあることを発見できました。岩国という小さい街の小さい社会ではあるものの、岩国高校時代には知ることのなかった、岩国の人々のいろいろな価値観や仕事などを知ることができました。今現在、自分が仕事をしていく上で、ここでの経験は自分の基盤となり、ここで過ごしたことは大変意義があったなと感じています。

余談にはなりますが、舎内ではみんな岩国弁で喋っているので、岩国弁を忘れない環境でした。ただそうなると、外に出ても岩国弁が抜けないのです(笑)。大学の同級生と言葉が通じない、つまり、自分が共通語だと思っていたことが通じない、と驚き、ギャップを感じることが何度もありました。岩国弁が通じる岩陽学舎の環境と、自分が学んだことが通じない学舎外の空間が共存しているという、今思えば面白い環境にいましたね。でも東京で生活する上で、新しい友達は作りたいし、女の子とも知り合いたい年頃なわけで、岩陽学舎の先輩に東京弁の手ほどきを受けたり、東京の文化について教えを請うこともありました。岩陽学舎は、実にいろんなことを学ばせてくれる、経験させてくれる素晴らしい場所でした。

―学生時代の過ごし方

東京大学に所属していたので、最初の2年間は教養学部で過ごす前期課程という、自分に向いているものを見つけ出す時間を持つことができました。社会に出るためには何が必要か、自分にはなにが向いているのかを知るために2年間模索しました。その結果、自分には電気工学が向いていると思い専攻したのですが、実際成績は真ん中あたり。それが自分にとっては面白くないし、もっと自分の力を発揮できる分野があるのではないかと悩みました。普通や平凡はいやだ、一端の人間になりたい、とずっと考えていたところは明治時代のような立身出世を目指す長州人の気質を持った岩国出身という点が、 影響しているかもしれません。そこであえて留年をして、専攻を選択し直すことにしました。そんな折、所属していたフェンシング部の先輩に「光井くんは絵がうまいから”建築”が向いているのでは?」と勧められたこともあり、それがきっかけで “建築’'が面白いなと思うようになりました。実は高校時代までは建築家という職業があること自体を知りませんでしたが、建築学科へ進むことを決めました。この留年して苦しかった時期も、岩陽学舎の仲間や先輩たちが支えてくれました。岩陽学舎はそういう背中を押してくれる存在でしたね。こうして周りの支えもありながら、1年間悩んで決めた道だからこそ、「一流の建築家になるんだ!」という強い意志をもって勉強も頑張ることができたのだと思います。

また、今も昔も岩陽学舎には理事会があり、学生と理事会の人たちが定期的に一緒に食事をする場があります。理事会の諸先輩方は、社会のことや人生のことを親身に教えてくれました。一般的な講演会やビジネススクールに行って話を聞くのとは違って、距離感が近く、親身に話してくれるので、私自身も真剣に話を聞くことができ、大変勉強になりました。

―ここでの生活が将来どう活きたか

・物事を楽観的に捉えられることができるようになりました

留年して苦しいことがありましたが、岩陽学舎といういつでも帰ってこられる場所があって、みんなが支えてくるという安心感を持つことが出来ました。学生同士がお互いに励まし合い、自分で決めたことを最後まで貫き通せる力を身に付けさせてくれると思います。自分の考えや進む道を肯定的に捉えてくれる、そして背中を押してくれるそんな場所でしたね。

・人間性の大切さを学ぶことができました

学舎には価値観の違う人がたくさんいて、そういう人たちがひとつのところに集まって話し合い意見を交換し合う場面が非常に多くありました。価値観や育った環境が違っても、同じ人間として大事なこと(頼りがいがある ・リーダーシップがあるなど)は共通していると感じました。 自分が考えていることだけが正しいわけではない、まずは人の意見を聞き、理解しそのうえで自分の意見を述べることの大切さを学ぶことができ、今の仕事にもとても役立っています。

・岩国という自分の出発点といえる場所をしっかり持つことができました

岩陽学舎で学生時代を過ごしたことで、自分が生まれ育ち、家族のいる場所を大切に思う気持ちを持ち続けることができるようになりました。私にとって岩陽学舎とはいつでも戻ることのできる心の拠り所なので、不安や悩みで苦しんでいてもすべてを失う怖さはないという安心感、それゆえ仮に失敗しても再度挑戦する心を持たせてくれます。そして、新しいネットワークを作ってくれる、新しい知恵を借りることができる、社会の仕組みを教えてくれる、まさに名の通り学舎(まなびや)なのです。

そして、いつからかそんな岩陽学舎の “原点’'である岩国に恩返しをしたいと思うようになりました。これからは地域から発信する時代になっていくと信じています。そのきっかけのひとつとして、私が代表を務めるJMA(光井純&アソシエーツ建築設計事務所)の岩国オフィスを設立しました。岩国の街から新しい文化を発信することで、社会に影響を与えることができるのではないかと考えています。いずれは地域の人たちにとって、いい会社だな、入社したいなと思ってもらえる企業に成長させていきたいと思っています。岩陽学舎に入舎し、岩国への愛着を忘れることなく学生時代を過ごすことができたからこそ、今岩国へ恩返しをしようと新たな気持ちで日々努力し続けられているのだと思います。

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